2013.10.26 早くも試練
「大潟村木炭水質研究会」、通称「炭焼きの会」の炭窯「2号基」再建作業の続報です。

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 今回の作業に参加している会員のうち、3人は大潟村での農業経営ですが、他の4人は男鹿市三種町などからの近隣在住で、かつて大潟村役場役場に勤務していた退職者や、村のホテル営業マンだったりと、村との関わりがある会員ばかりで、私同様「非農家」の方々です。

 炭焼きのベテランとは言っても小林会長以下、素人集団には変わりはありません。年齢も60歳代後半、総勢7~8人が窯を造ろうという今回の挑戦。それも建設業者が造った窯を解体して再建しようという、挑戦の心意気に魅かれました。大潟村の入植者たちが今日の暮らしを築くためには、機械や土木に限らず、あらゆる分野の知識が必要だったのではないかと、その逞しさと創意工夫には幾度も驚かされてきました。

 窯の分厚い天井の解体ガレキを重機で運び出し、耐火煉瓦も再利用の為に丁寧に運び出した。大した力仕事も出来ませんが、こんな時は私が出番。ガランとなった窯も、その素朴さが何とも魅力的でした。

 さて作業2日目。早速試練に直面。何と窯の出入り口に渡してあった大谷石が、会員が乗った途端に、何と2つに割れて落下したのです。重量100㌔を超える石は、熱でもろくなっていたようです。下に人がいたら重大な事故になったかも知れません。幸いなことに怪我人を出さなかった事は奇跡的でした。代わりになる石を入手しない事には工事が進みません。村内の人脈を頼りに、早々に石の調達ができました。


     窯の入口(後方)上から真っ二つに割れて落下した石(手前)。外に運び出したもの。
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     割れて落下した大谷石
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 先ずは窯の出入口を組み上げる作業を再開。水準器で正確に柱を設置後、調達したばかりの大谷石を3枚乗せ、窯の基礎を築きました。次は、窯の反対側に煙を排出する「煙坑」を耐火煉瓦で組みあげる「左官」作業です。暖炉の煙突と言ったところか。さらにこの「煙孔」は上部に土管を載せ、天井の集煙口中心に位置するように設置させるという設計。細心の工事を淡々と進めるベテランたちの仕事ぶりには、ただ舌を巻くばかりでした。


     窯の入口を狭め、横に渡していた石を取り替えるため取り除いた。
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 耐火煉瓦を積み上げる際に、気付いたことがあります。業者が造った窯の壁には、耐火煉瓦が隙間なく積まれていました。今回の再建に際しては、煉瓦と煉瓦の間に練り上げた粘土を約10㌢近く詰めてあります。何故かとの質問に、「煉瓦だけでは、窯を密封した後も高温がこもってしまい、いつまでも温度が下がらない。その点、粘土は温度を伝えやすく窯の温度も早く下がる」と言うものでした。

 細かな部分にも長年の知恵が・・・。
しかしこの粘土作りが重労働でした。このような単純作業は私の出番。そのコツと粘土の造り方はまた次回に・・・。
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