2013.07.27 自身に問う
 「秋田さきがけ」紙面で、大変印象的な読者からの投稿を読みました。
 投稿が掲載されたのは「高校野球秋田大会」が開会中7月20日でした。

 それは「秋田さきがけ」10面の投稿欄「声の十字路」に掲載されていました。さしずめ朝日新聞であれば「声」欄と言った所でしょう。その地味な記事を見落とす事なく、目にとめることが出来たのは幸運でした。
 
 事故は新聞やテレビでも報道されましたが、6月26日、「秋田駒ヶ岳の男岳」を夫婦で下山中、妻が急斜面の雪渓で滑落し、亡くなりました。「秋田駒ヶ岳」は、私も4~5回は登ったことがあり、事故に関する記事内容を注意深く読みました。投稿は岩手県の68歳になる夫からのものですが、そのことよりも、この種の事故当事者が、それほど時間を経ずに事故を振り返り、投稿する自体が珍しい事と受け止めました。

 投稿によれば、「私が先行して下山を始めて間もなく『お父さん』との妻の声を聞き、振り向くと滑落していた。私は雪渓を200㍍ほど下ったところで大けがの妻を発見し錯乱状態に陥った。視界不良でヘリの救助は不可能になり、やがて救助隊が駆けつけ人工呼吸をしたものの、妻は心肺停止状態になった。

 私は雨具を来て防寒に努めていたが、ショックで震えだした。それを見た消防署員が親切に雨具を貸してくれた。天候が悪く、妻の搬出は翌日に持ち越された。当然のことかもしれないが、その間、警察官4人が交代で妻を見守ってくれたことに感涙した」と・・(「秋田さきがけ」より抜粋)。

 歳を重ねてもなお2人で登山を楽しむ夫婦像。恐らく滑落の直前に「お父さん」とだけ一言叫んだ妻の心中が痛ましい。滑落して行く妻に手を差し伸べるゆとりもないまま永久の別れとなった夫の心中。とても辛いものがあります。アイゼンを着装せず、二次遭難の危険を冒して雪渓を200㍍も下って妻の元へたどり着いた夫。「錯乱状態に・・・」とありますが、投稿には具体的かつ詳細な状況が冷静に語られています。

 雨具を貸してくれた地元消防団員。任務と言え、遺体が翌日に搬出されるまで見守ったという警察官。
その姿に感涙したという夫の想い。

 悲しみの中、さして時を経ずに投稿した夫の心中。悪天候の中、まずは尽力をあげ救助活動をした地元消防団員や警察官への感謝の念。更に投稿を通し、何としてでも彼らへの気持ちを読者の人にも伝えたかったのでしょう・・・。色々な事を考えさせられた投稿内容でした。

 7月14日、「大潟村村民登山」で「秋田駒ヶ岳」へ参加した友人より当日の様子をうかがいました。
その際、友人もこの投稿を読んだという事でした。身近な山の遭難とは言いながら、投稿に目を留めた友人も何かに魅かれたのでしょう。

話しは更に続きます。
同月25日のやはり「秋田さきがけ」の1面のコラム「北斗星」。39歳で亡くなった筆者の友人の死について触れています。葬儀の席上、「最高の人生でした」と亡くなる前日に録画したビデオが公開されたそうです。「死に直面した時、自分は『最高の人生でした』と言えるだろうか。彼の渾身のメッセージに心を揺さぶられながら自問していたら、今月20日の本誌『声の十字路』の欄に載った岩手県の男性の投稿が頭をよぎった」とありました(「秋田さきがけ」より抜粋)。

 期せずして一人の男性が投稿した文章に、何人かの方々が思いを同じにしたのかと、深い感慨にとらわれています。つたない私のブログですが、多くの方に読んで、自身に問うて欲しいと・・・。
 

 

 

  
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