秋田県潟上市飯田川飯塚に「フォトギャラリー ブルーホール」があります。水中撮影の第一人者として知られる写真家・中村郁夫氏の常設展が見られるユニークなギャラリーです。
 「中村征夫フォトギャラリー ブルーホール」は、中村征夫氏の生まれ故郷である、潟上市の銘酒「太平山」小玉醸造の酒蔵を利用した常設展示場。

 歴史ある酒蔵の雰囲気を残した他に、類を見ない空間が広がり、 中村征夫氏の常設展とゲスト作家による企画展を展開しています。同ホールでは、6月20日から10月20日まで中村郁夫氏の「ジープ島」と、田沼武能氏の「子どもたちの情景」写真展が開催されています。2009年オープン当初に1度訪れたことがありますが、今日は両作家のギャラリー・トークが開催されるというので出かけてみました。



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 田沼武能氏は東京・浅草出身の写真家。主に世界の現状、子供達の姿を撮影しています。東京写真工業専門学校に進学。1949年に同校を卒業し、サンニュースフォトスに入社。入社後は木村伊兵衛に師事。翌1950年に日本写真家協会の設立に参加。1953年にサン通信社へ移籍。1959年にフリーランス。1965年から世界の子供達の姿を撮影し始めました。1984年からは、黒柳徹子のユニセフ親善大使就任後初の親善訪問に同行し、様々な子供達の姿を撮影しました。1995年に日本写真家協会会長、東京工芸大学芸術学部写真学科教授にそれぞれ就任。2003年には文化功労者に選ばれました。



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 中村郁夫氏は1945年秋田県生まれ。20歳、独学で潜水と水中写真を始め、後に専門誌のカメラマンを経てフリーランスとなりました。国内外の海や自然、人々、そして環境を含めて精力的に取材。講演および出版物、テレビ、ラジオなど様々なメディアを通して、海の魅力と環境問題を伝え続けています。
日本写真家協会、日本写真協会会員。



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 田沼武能氏の作品「子どもの情景」は、戦後の子供たちの生態を余すことなく表現したドキュメントです。会場では「俺たちの小さい頃はこうだったんだよ!」と、子ども連れの来訪者が感想を漏らしていました。戦後の苦しい暮らしの中では勿論、テレビなどの娯楽もない時代。唯一、紙芝居に熱い視線を注ぐ子供たちの生き生きとした眼差し。そしてチャンバラごっこに興ずる子供たち、上野の戦災孤児など、まさしく「戦後を生きた子供たち」の写真作品が、生き生きと表現されていました。

 私自身の幼い頃の記憶にも合致する、懐かしい映像でもありました。
今となっては、とても貴重な歴史の証言ともいえると思います。

 「苦しい生活の中から、やっとのことで中古のライカを手にし、人間のドラマを撮りたいと思った。何故、子どもなのか? 自分自身が生まれてから生きてきた心象風景を追及してきたような気がする。それが紙芝居やチャンバラだった。写真にとって大事な基本は、その記録性にある。それを後世に伝えることが写真の使命」と、今なお写真にかける熱い思いを話してくれました。

 また中村氏は、「ジープ島」について個々の作品の解説というより、「サンゴ礁と海をめぐる大きな食物連鎖や、地球環境へのゆるぎない想いを話していたように思います。

 「ジープ島」は、旧日本軍が駐屯したトラック島に近い所からトラックに次ぐ「ジープ」と名付けられたと聞きました。世界最小のリゾート「ジープ島」にこれまで5~6回も通い、ネイチャーフォトとしてまとめられた作品です。特に真っ青な海に点のように浮かぶサンゴ礁の美しさ表現した作品には圧倒されました。チャーターしたセスナ機から撮影した直径34㍍にも満たない小さな孤島です。「この1枚の作品から、サンゴ礁と島の関係が理解できる」と中村氏。サンゴ礁に海鳥が運んだ植物のタネがマングローブの林を作り、小魚が育つ。それをカツオが餌にし、更に人間がカツオ漁をする、という壮大な南の島を舞台にしたドラマが、作品を支える大きな原動力のように思いました。1枚の美しい南国の情景の裏に潜む自然と人間の関係に着目した問題意識に富む作品に感銘を受けました。

 それぞれテーマは違っていてもドキュメントしては共通の思想が根底にあります。
時間にして1時間半でしたが、とても深いひと時を過ごすことが出来ました。 
 


 
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