2012.10.04 頭が痛い話
 私が住んでいる住区10世帯が構成する「大潟村情報発信者連絡協議会」と大潟村役場は、年1度「交流会」を開催しています。
 今日は、その「交流会」が午前10時半からホテル「サンルーラル・大潟」で行われました。
「交流会」には、住区からは10世帯のうち7人と、大潟村村長、副村長、総務企画課長と事務局など11人が出席しました。

 冒頭、高橋大潟村村長より、【3月の暴風でハウスが8割倒壊して心配しましたが、その後は天候に恵まれて豊作。米以外のメロン、カボチャや大豆など、全ての作物が良好でした。学校建設も終了し、夏休み明けから生徒たちは新校舎に通学しています。村民も600人が新校舎を見学。平成26年10月4日の「大潟村50周年記念事業」では「国民文化祭」が開催され、「川柳」と「ジオパーク」を。また「市町村交流レガッタ」も開催予定です、と「現状報告とあいさつ」。】

 事務局からは、「情報発信者入村事業検討委員会の報告書」(平成22年7月28日)に対する村の考え方及び改善策の進捗状況について以下の報告がありました。
 【募集要項を見直し、新しいパンフレットを作成、配布。ホームページには各人の活動状況を掲載。募集活動としては、県内の教職退職者予定者に募集内容を説明。また昨年、全国版月刊誌「いなか暮らしの本」に掲載し、今年度も12月から4回の掲載予定です】。

 次いでフリートークに移り、「大潟村情報発信者入村事業」の応募状況について話し合いが行われました。
その中で、「情報発信者」の呼称は、相手に的確なイメージが伝わらないため「文化情報発信者」と変更できないか、との提案がありました。「大潟村にとって役に立つ人だけが強調されるようで魅力がない」。「情報発信しようとして村へ来たわけではない」などの意見もありました。

 村からは、「いなか暮らしの本」に掲載したり、退職予定者に呼びかけをしている。その結果を待ちたい。情報発信だけをして欲しいわけではなく、実績ある人が農業中心の村に住み、従来通り個々の活動をしながら生活して欲しい、との回答。

 応募者が増えない中で、雑誌掲載とホームページで事業内容を案内している。「入村事業」に関するホームページにはアクセス数が増えたとは言え、全体的には目立たず認知度が低い。もっと目立たせる工夫の余地があるのでは、という指摘もあり1時間半ほど議論を重ねました。

 その後、同ホテルで昼食のテーブルを囲み懇談。村への移住希望者が何故増えないのか・・・。
私は自ら「自身の生き方は大潟村で・・・」と飛び込んだこともあり、殊更に良い知恵などはありません。人の生き方に関わる問題ですから・・・・。 
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