2012.03.29 ようやく春が
 大潟村にもやっと遅い春がやって来ました。
 農家は、遅れ気味だった稲の種蒔きの準備に追われています。

 自宅と作業場である格納庫団地を行き交う軽トラがめっきり増えました。
朝、昼、夕方には、列を作って行き交っています。この季節は村のあらゆる同好会や団体が活動を休止し、農繁期を迎えます。

 久しぶりの春らしい陽気に、私も朝からひと冬過ごした庭の手入れに汗を流しました。
先ずは来るべき新緑に備え、「ハギ」の枯れ枝を刈り取る作業を。本来は秋のうちに終えていなければならない作業です。大潟村に移住後に植えた20~30㌢程度の苗が、今は大株に成長しました。
太いものだと2㌢近い枝を刈り取る作業は1日仕事です。     

 秋口にかけて、十分に可憐で渋い花の色を楽しませてくれたハギに感謝しながらの作業でした。
長い冬の厳しさから解放され、陽の光を一身に受け、野鳥の鳴き声に耳をそばだてながら汗を流す作業。
今年は又、ささやかながら畑にトマトやナスなども植えたいと思っています。

 良く見ると、冬の積雪で、庭の小さな木々が、少なからず枝が折れたり枯れたりしています。
それでも昨年植えたスイセンが芽を出し始め、いとおしさもひとしお。これからの毎日が楽しみです。

 夜はテレビで「第33回NHK東北民謡コンクール優勝大会」を見ました。
民謡王国東北と新潟の各県代表22人が、故郷への思いを込めて自慢の唄声を競い合う番組でした。
日本の民謡は、その独特の発声とこぶしが独特で、暮らしや生活の中から生まれた唄です。自分ではなかなか唄えませんが、聞くことは大好きです。

 出演者の1人が秋田民謡「生保内節(おぼないぶし)」を歌ったことから、父親を思い出しました。
いつか紹介をしたことがありますが、両親は県内各地で京都の反物をオートバイで商う方と懇意にしていました。今にして思うと、母親は和服の仕立てが出来、その方の依頼で仕立てをしていたのかも知れません。子供心にも、私もとても大事な人でした。父親とはとても仲が良く、当時私の家があった能代市に来た時は決まって我が家に泊まるのが常でした。

 母親が用意した手料理を「美味しい、美味しい」と食べながら、父親と日本酒を楽しんでいました。
興が乗ると、二人はこの「生保内節」を口にする事がありました。謹厳実直な父親でしたが、この時だけは民謡を口にしていました。今はもう二人共故人ですが、何故二人はあれほど心を通わせいたのか・・・民謡を聞きながら、とても懐かしく当時を思い出しました。

 昼はせっせと体を動かし、夜は思い出にふける充実した一日を送ることが出来ました。


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