「秋田中央支部写真展」の会場で、しばし会員の方々と懇談。
その後楽しみにしていた映画を見ることに。
 映画は中国・香港合作の「1911」。
中華民国建国のきっかけとなった1911年の「辛亥革命」から100年。アクションスターのジャッキー・チェンが出演している歴史アクション映画としてTVでPRしていましたが、私は別の観点からこの映画に興味を持ちました。

 話は少しさかのぼります。
戦後36年たち国交回復した9年後の1981年、中国残留孤児47人が肉親探しの為に初来日しました。
日本での肉親捜しは、肉親と思われる人との対面調査が行なわれ、肉親が判明した残留孤児は30人でした。
私は新聞社写真部員として、東京・代々木の青少年センターで初めて彼らを取材しました。

 人民服を着た孤児たちに衝撃を受けましたが、中国を侵略した日本人の残留孤児が何故発生したのかそ知ろうと思いました。そのためには中国の近、現代史を理解しなければなりませんでした。

 その年の夏、私は社会部の同僚記者と中国を訪れ、主に旧満州の現地取材をしました。
中国本土では「文化大革命」がすでに終了。それでもまだ北京では壁新聞などが残り、動乱の傷跡が残っていました。帰国後、電車通勤の合間を見てはNHKラジオの中国語講座で中国語を独習、中国現代史と日中関係史に関する本を読みました。

 中国残留孤児取材については、同僚記者と共に専任となり、さらに中国に対する興味が深くなりました。幸い数度に渡り中国取材にも恵まれました。いつもバイブルのように身近に持ち歩いた文庫本があります。
講談社学術文庫の野村浩一著「人民中国の誕生」です。

 帰宅後、数十年振りに書棚から手に取ってみた文庫本は黄ばみ、あちこち破れていました。
しかし、この「1911」で描かれた「辛亥革命」は、その後の中国動乱の序章に過ぎなかったのです。「人民中国の誕生」においても、それは巻頭のほんの数ページに過ぎませんでした。

 映画のストーリーを辿るには、尾崎秀樹著 集英社刊「人物中国の歴史 人民中国の誕生」を開くことに。孫文や袁世凱を巡る「辛亥革命」がそこには書かれています。「現在、革命なおいまだ成功せず・・・」という言葉を残して孫文は死去しました。

 革命に命をささげた中国の若者達。日本を含む列強の侵略から国を解放、独立を果たした新中国に私も血をたぎらせた時代がありました。
現在でも、エジプトやリビアにおいて独裁から解放するため、若者たちが革命に倒れました。
映画は、革命に散った中国の若者への鎮魂歌のように思えました。
楽しい映画ではなく、歴史ドラマと言った趣き。観客は私を含め、たった2人でした。

 中国映画らしく、孫文も袁世凱も実物とそっくりだったのがご愛嬌でしたが・・・・。



 

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