ここ大潟村でも今、稲刈りの真っ盛り。
しかし、例年に比べると稲刈りは4、5日遅いと言われています。
 9月に入ってからの長雨が原因ですが、さわやかに晴れ上がった今日は、田んぼから刈り取ったばかりの籾を満載したトラックが、次々と村内に向かって走っていました。その稲刈りが行われている田んぼに出かけました。

 自宅から車で15分ほど東に走った広大な田んぼの一角に、姪が嫁いだ農家の田んぼがあります。
遠く白神山地の山並みが連なり、黄金色の稲穂が延々と広がっていました。車を停めて歩き出すと、イナゴが一斉に逃げていきます。甘い稲の香りが漂う広い田んぼに一人でいると、心細い気がしてきます。


 青空に白い雲が浮かぶ田んぼで、稲刈り作業中のコンバインの光景はのどかで牧歌的に見えます。しかし田んぼに立つと、大潟村の田んぼが抱える問題が現実の姿となって現れます。
雨が続いた為、田んぼは乾かないとコンバインが走行出来ません。水分を多く含んだ田んぼは非常に柔らかく、キャタピラー付のコンバインでさえ走行できなくなるのです。方向転換する際にえぐられた跡が田んぼに残っていました。

 今日は、生まれて始めてコンバインに乗せてもらいました。
速度や車高などのオートマチック機構も備えていますが、田んぼや稲の状況によって細かに適応出来るように、手動で運転していました。飛行機の操縦桿に似たレバーを左右に傾けると、コンバインがその方向に曲がります。また前後に操作すると、稲を刈る高さを調整できます。
舗装道路を走るのと違い、稲から一時も目を離せないほど神経を使う運転技術が必要だと痛感しました。
遠くから眺める稲刈り風景と、実際には大違いだと改めて実感する事が出来ました。また近代的な農業機械を使いながらも「来年の為に、いたずらに田んぼを痛めたくない」という農家の「土」に対する思いやりにに感銘を受けました。自然に対する畏怖と共生の念が感じられました。

 ところでコンバインの仕組みは、前部で稲を刈り取り、後部の脱穀ドラムで脱穀します。稲ワラは粉砕され、後部から排出されていきます。籾がタンクに一杯になると、待ち受けた2㌧トラックに積み替え、村内の貯蔵施設に運搬されます。その後、乾燥と籾摺りを終え、初めて「新米」として消費者の手元に送られることになります。

 予報では明日は雨らしく、日が暮れるまで少しでも稲を刈りたいという、農家の気持ちを代弁するかのように、一生懸命に走り回るコンバインの姿があちらこちらに見える秋の大潟村です。



        <土が水分を含み、バックしたり方向転換をする時にえぐられた田んぼ>
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        <刈り取られた稲が後部に送り込まれる>
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        <運転席の一部。このレバーを倒すと、倒した方に曲がる>
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        <コンバインからトラックに籾を送る>
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        <脱穀された籾が送り込まれる>
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