2011.03.23 黄色い車
 「東北関東大震災」の被災地で電気の復旧工事に取り組んでいる東京電力、東北電力社員の様子をニュースで見るたびに、苦労を偲び父を思い出します。
 数年前亡くなった父は、東北電力の社員でした。後年のデスクワークを除けば、父は現場一筋の人生だったと思います。

 東北電力の関係車両は「黄色」です。時代と共に足は変わりました。、昔は自転車、がてバイクになり、さらにオート三輪車などと変化をしてきましたが、いずれにしてもコーポレートカラーはすべて黄色でした。今でも「黄色」の車両を見かけると、無意識のうちにどんな方が乗っているのかチラリと見てしまいます。

 小学生のほとんどを過ごした藤琴村(現藤里町)でも、台風や水害、火事などの災害時に父は家に居ません。子供心にも「こんな時に一緒にいてくれたら心強いのに・・・」と思い、余り良い記憶がありません。家族の思いを知ってか知らずか、地域の大事な電力を守り、いったん災害が発生した時には風雨の中で黙々と復旧に苦労していたのでしょう。
老いてから父は村の行事があると、「村長の次に駐在などと並んで参列した」、と誇らしげに話すことがありました。

 今日もまた被災地のあちらこちらを黄色い車が駆け回り、復旧作業に追われている事でしょう。被災地で被災された方々にとってライフラインである電気の復旧は、文字通り暗闇に灯る一筋の明かりです。1日も早い復旧を願っています。

 墓参りに行こうと思ってます。

 
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