2011.01.13 異例の幕開け
 朝の外気温はマイナス5度くらい。こうなると寒いというより、痛いと言った方が正確です。
この寒さの中で、今年初めてのとんでもない「窯出し」がありました。
 初の「窯出し」ですから「初窯」とでも言うのでしょうか。しかし、炭焼きにそのような雅な雰囲気はありません。まして今回、とんでもない異例の窯出しとなってしまいました。

 9時前、吹雪の中を窯がある炭小屋に近づくと、白い煙が立ち込めていました。異変に直ぐ気づきました。
小林信雄会長が、窯の入口から内部に水をかけているところでした。「このままでは炭小屋が火事になる」と言うのです。
 
 通常、窯には炭の元となる木材を詰め込み、火をつけた後に密閉し、蒸し焼き状態にします。十分に温度が下がったところで入口から炭を取り出します。しかし小林会長によれば、窯の内部の温度が十分下がっていなかったよううなのです。密閉状態だった窯の入口を開けたところで空気が送り込まれ、炭が燃え始めたようです。
窯の入口から中をのぞくと、確かに2~3か所から赤い炎が上がっていました。勿論窯の中に入ることは出来ない程熱くなっています。幸い炭小屋の後ろには、この季節にもかかわらず豊富な湧き水があり、大きなポリ容器で汲むことが出来ます。
しかし、火の勢いはその程度では弱まりません。スコップで雪の塊を投げ入れても、窯の奥までは届きません。
これ以上は燃え上がったり、大事に至るなどとは思いませんが、水で完全に消化すべきか、密閉して燃え尽きるのを待つか・・・・。
その後、集まってきたベテランの方達の判断で、湧き水にポンプを据え付け消化することになりました。
大潟村の農家の方たちは入植以来、様々な困難と戦ってきた強者集団です。早速、ポンプが据えられましたが、この寒さで機械が凍っているため作動しません。湯で温めてエンジン始動。十分に水をかけてようやく火は消えました。

 窯の内部は濡れた炭の山です。熱気と水蒸気が立ち込めた窯の中に入り、炭を外に運び出したのは鈴木隆二副会長でした。濡れた炭を運び出さなければ、次の炭焼きが出来ません。その後集まった15~16人の会員たちが、炭を広げて乾燥させる作業をしました。結局この窯は点検をしてからでないと、炭を焼くことは出来ないようです。

 もう一つの窯の温度も高かったそうですが、何とかこちらは炭の窯出しが出来ました。しかし、袋詰めした炭の一部が風にあおられ、火が点く騒ぎもあったり・・・・。それでも雪と寒さで凍りついた松を運び入れ、どうにか火入れをすることが出来ました。作業が終了し、ほっとしながらお供え餅とスルメを焼き「お茶っこ」タイム。さらにこの日は、村の温泉施設で入浴後、「木炭水質浄化研究会」の新年会がありました。

 きりたんぽ鍋と各種の漬物や寿司など、テーブルいっぱいの郷土の味が並びました。大変な幕開けではありましたが、気の置けない仲間同士の宴は大変楽しいものでした。これからはTPPや農家個別保障制度など、大潟村が直面する問題は多く、農家は将来に明るい展望を描く事が出来ません。悩みながらも前進するしか生きる道はありません。会員たちの不屈の頑張りと強い意志の力を見ていると、本当に頭が下がる思いでした。

 炭は環境浄化にとどまらず、私たち会員相互の連帯をも浄化してくれるようです。

           <炭窯を覆う小屋から煙と蒸気が立ち込めていました>
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             <窯の内部。炭が燃え、炎を上げていた>
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           <窯から引き出された炭。>
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           <ようやく消化に成功。もう一つの窯に入れる松材。凍りついている>
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           <餅とスルメを焼いてお茶っこ>
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