2010.11.05 車検制度?
 今月9日で車検が切れます。秋田市のディーラーへ車を届けてきました。

 大潟村移住後、車検を含め車の修理や点検は、能代市の修理工場を利用してきました。
車は購入後10年が経過し走行距離も10万㌔を超えた為、今回の車検はディーラーに出すことにしました。

 現在、私が乗っている車は三菱PAJERO。エンジンとボディーのデザインが気に入って購入しました。
それ以前も三菱ギャラン・ラムダ。いい車だと思っています。どちらの車も大きな故障をしたという記憶がありません。とりわけパジェロは、定年を迎えるその数年前に名古屋で入手した事から愛着もひとしおです。
名古屋在勤中、暇をみては飛騨地方や志摩半島を走った車です。
大潟村への移住に先立つ住宅建設では、秋田と名古屋間を何度も往復し、最後に大潟村へ引越しの際にもパジェロは活躍しました。

 大潟村は隣接市町村との交通アクセスが悪いため、日常の買い物は勿論、車無しの生活は考えられません。
車が暮らしに欠かせない交通手段です。秋田市からは、ディーラーから借りたいわゆる「代車」で帰宅しました。
この「代車」がなければ、点検・修理が終わる数日間は村から外部へのアクセスがままならないことになります。

 よく話題になることですが、厳格な車検制度を実施しているのは我が国、日本だけだと言われています。
とりわけ優秀な車を生産する日本において、現在のような車検制度を温存する必要があるのか議論を呼んできました。車検制度はどうやら業界保護や天下りの為らしい、と言うのはもはや定説。
先の事業仕分けでも、天下りなどの問題は指摘されましたが、車検制度のあり方が本当に必要か否かの本質的な議論が交わされることはありませんでした。

 ところで今日は秋田市で、学生時代からの友人と久し振りに昼飯を食べました。
学生時代、共に東京・大泉学園に部屋を借りていた為、しょっちゅう行き来していました。彼は賄い付きの下宿、私は自炊生活でした。よく彼の下宿で晩御飯を食べた記憶があります。
明け方近くまで下宿でしゃべり、深い朝霧の中、自分の下宿へ帰ったものです。

 彼は秋田で就職。数年後、東京に転勤。勤務先が関連会社だったため交流も再開です。
その後、彼は秋田へ帰りました。私は名古屋から大潟村へ移住。

 半世紀に近い時間が流れ、今また秋田で向かい合う時が来るとは想像できませんでした。
お互い、ここまでよく齢をとったものです。




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